犬を誰にでも売らない社会へ|海外に学ぶ動物福祉

先日、犬に関する痛ましいニュースが報じられました。
こうした出来事を目にすると、多くの人が、
「なぜ、そんなことができるのだろう」
「もっと厳しく罰するべきではないか」
と、怒りや悲しみを感じると思います。
もちろん、犬を傷つけた人の責任が問われるべきであることは、言うまでもありません。
けれど、個人の行為だけを責めて終わってしまえば、同じような出来事が、また繰り返される可能性があります。
私たちがもうひとつ考えなければならないのは、そもそも、ひとつの命を預かる準備ができていない人に、犬が安易に渡らない仕組みはを作るということではないでしょうか。
犬を迎えることは、商品をひとつ購入することではありません。
その犬の一生を引き受けることです。
この記事では、日本の犬猫販売に関する制度と、海外の取り組みを見ながら、犬を迎える前に、どのような仕組みが必要なのかを考えます。

犬を迎えることは、ひとつの命を預かること
私たちは普段、「犬を飼う」という言葉を使います。
けれど、犬を飼うことは、ただ一緒に暮らすことではありません。
毎日の食事や散歩、しつけ、健康管理。
病気やけがをしたときの治療。
そして、年齢を重ねたあとの介護。
犬を迎えた日から、その犬が生涯を終える日まで、暮らしを支え続けることです。
犬は、自分で飼い主を選べません。
どのような家で暮らすのか。
何を食べるのか。
必要な運動ができるのか。
病気になったとき、治療を受けられるのか。
そのほとんどが、人間の判断に委ねられています。
だからこそ、犬を迎えるときには、もっと慎重であってよいはずです。
迎えたい人がいるから、すぐに渡す。
代金を支払えるから、販売する。
それだけではなく、その人が本当に犬の一生に責任を持てるのかを、迎える側と渡す側の双方が立ち止まって考える必要があります。
日本でも犬猫販売のルールは少しずつ整っている
日本でも、犬や猫の販売に関する規制は少しずつ強化されてきました。
ブリーダーやペットショップなどの犬猫販売業者は、原則として、出生後56日を経過しない犬や猫を販売のために引き渡したり、展示したりすることが禁止されています。
幼い犬や猫にとって、親や兄弟姉妹と過ごす時間は、身体の発達だけでなく、ほかの犬や猫との関わり方を学ぶうえでも大切な時期だからです。
また、販売業者には、購入する人に動物の状態を直接確認してもらい、性別、生年月日、健康状態、適切な飼い方などの必要な情報を対面で説明する義務があります。
さらに、2022年6月からは、ブリーダーやペットショップなどで販売される犬や猫へのマイクロチップ装着と、所有者情報の登録が義務化されました。
迷子や災害などで飼い主と離れてしまったときに、犬や猫が元の家庭へ戻れる可能性を高めるだけでなく、誰がその命に責任を持っているのかを明確にするための制度でもあります。
これらは、犬や猫を守るための重要な前進です。
一方で、現在の制度だけでは確認しにくい部分もあります。
たとえば、
「家族全員が迎えることに同意しているか」
「ペットを飼える住環境なのか」
「長時間の留守番が続かないか」
「病気や老後にかかる費用まで想定しているか」
「その場の感情だけで迎えようとしていないか」
といった、犬を迎えたあとの暮らしに関わることです。
必要な説明を受けることと、その犬を生涯守れる準備ができていることは、必ずしも同じではありません。
日本の販売制度は整いつつありますが、誰に、どのような状況で犬を託すのかという部分には、まだ考える余地が残されています。
海外では「誰から、どう迎えるか」が重視されている
ここで、海外の例を見てみたいと思います。
もちろん、海外でもすべての問題が解決しているわけではありません。
規制があっても、不適切な繁殖や違法な販売、飼育放棄が完全になくなるわけではないからです。
それでも、犬や猫を簡単に流通させないために、販売経路や迎え方そのものを見直す取り組みが進んでいる地域があります。
イングランド|第三者販売を禁止した「ルーシー法」
イングランドでは、2020年4月から「Lucy’s Law(ルーシー法)」と呼ばれる制度が施行されています。
この制度により、生後6か月未満の子犬や子猫について、ペットショップや仲介業者などによる商業的な第三者販売が禁止されました。
子犬や子猫を迎える人は、原則として、実際に繁殖を行ったブリーダーから直接迎えるか、保護施設などから譲渡を受けることになります。
この制度が生まれた背景には、劣悪な環境で大量繁殖された子犬や子猫が、第三者の販売業者を通して流通し、どこで、どのように育てられたのかが見えにくくなっていた問題があります。
販売の途中に複数の業者が入れば、購入する人から繁殖環境が見えにくくなり、問題が起きたときの責任の所在も曖昧になります。
ルーシー法が重視したのは、単にペットショップを規制することだけではありません。
繁殖した人と迎える人が直接つながることで、
- 母犬や飼育環境を確認しやすくする
- 繁殖者の責任を明確にする
- 劣悪な繁殖施設からの流通を減らす
- 衝動的な購入を防ぐ
という仕組みに近づけることです。
「かわいいから、その場で買える」という便利さよりも、その犬がどこで生まれ、どのように育てられたのかを確認できることが重視されています。
フランス|ペットショップ店舗内での犬猫販売を禁止
フランスでは、2024年1月から、ペットショップの店舗内で犬や猫を販売することが禁止されました。
背景には、店頭で犬や猫を見た人が、その場の感情で迎えることを決めてしまう衝動買いや、その後の飼育放棄を減らす目的があります。
ペットショップは、保護団体や保護施設と連携し、保護された犬や猫の譲渡を紹介することはできます。
また、フランスでは、初めて犬や猫などを迎える人に対して、動物の特性や必要な飼育環境、費用、飼い主としての責任などを理解したことを示す「責任と知識に関する証明書」への署名を求める仕組みも導入されています。
書類に署名するだけで、飼い主としての適性を完全に判断できるわけではありません。
それでも、犬を迎える前に、「この命に、どのような責任を負うのか」を立ち止まって確認する機会を、制度として設けている点には大きな意味があります。
すぐに迎えられる便利さよりも、一度考える時間をつくる。
それも、犬と人の双方を守るための仕組みなのではないでしょうか。
EU|犬猫の福祉とトレーサビリティを共通ルールへ
EUでは、犬や猫の福祉、繁殖、識別、トレーサビリティに関する共通ルールの整備が進められています。
対象となるのは、ブリーダーや販売業者、保護施設、オンライン販売に関わる事業者などです。
犬や猫の飼育環境に最低基準を設けることに加え、マイクロチップと登録制度によって、「どこで生まれ、誰が育て、誰に渡ったのか」を追跡しやすくすることが重視されています。
犬猫の流通経路が見えなければ、不適切な繁殖や違法取引が行われても、その実態を把握することは難しくなります。
反対に、繁殖から販売、譲渡までの情報が記録されていれば、問題のある事業者を特定しやすくなり、販売する側の責任も明確になります。
EUの取り組みから見えてくるのは、犬や猫を迎えたあとの飼育だけではなく、生まれてから家庭に渡るまでのすべての過程を、動物福祉の対象として考える姿勢です。

日本に必要なのは、犬が安易に渡らない仕組み
犬を迎えたあとに適切な飼育ができなかった人を、ただ責めるだけでは問題はなくなりません。
もちろん、虐待やネグレクトなどの行為には、厳正な対応が必要です。
しかし、問題が起きてから責任を問うだけでなく、その前の段階で、「この家庭に犬を託しても大丈夫か」「今、本当に迎える準備ができているか」を確認できる仕組みも必要です。
これは、犬を迎えたい人を疑うためではなく、迎えたあとに、「思っていたより大変だった」「こんなに費用がかかるとは知らなかった」「生活に合わなかった」という事態を防ぎ、犬と人の両方が不幸にならないためのものです。
たとえば、日本でも次のような仕組みを検討できるのではないでしょうか。
迎える人が準備するための仕組み
犬を迎える前に、基本的な飼育講習を受ける。
家族構成、住環境、留守番時間、生活リズムなどを確認する。
毎月の食費だけではなく、予防医療、治療、介護に必要な費用まで説明する。
犬種ごとの運動量や、かかりやすい病気、成犬になったときの大きさなども伝える。
犬との暮らしを具体的に想像できれば、「かわいい」という気持ちだけでは見えなかった現実にも気づけます。
衝動的に迎えないための仕組み
犬を見たその日に、その場で連れて帰れる仕組みは、衝動的な判断につながることがあります。
購入や譲渡を申し込んでから、実際に迎えるまでに一定の検討期間を設けることも、ひとつの方法です。
一度家に帰り、家族と話し合い、住環境や費用をもう一度確認する。
その時間があるだけでも、感情だけではない判断がしやすくなります。
販売者が「売らない判断」をできる仕組み
犬を迎えたいと希望する人がいても、生活環境や準備状況が、その犬に合っているとは限りません。
住居で飼育が認められていない。
家族の同意が得られていない。
毎日の世話をする人が決まっていない。
長時間の留守番が避けられない。
医療費や老後の介護を想定していない。
そのような場合には、販売者が契約を急がず、場合によっては販売しない判断ができることも必要です。
その家庭に合った犬種や、迎える時期、別の選択肢を一緒に考えることも、命を扱う仕事の一部ではないでしょうか。
犬の出自がわかる仕組み
どこで生まれ、どのような環境で育ち、どのような経路で販売されたのか。
繁殖者や飼育環境、健康状態などの情報が見えるようになれば、迎える人も、より慎重に販売元を選べます。
マイクロチップを装着するだけでなく、情報登録や飼い主変更の手続きを確実に行うことも重要です。
制度があっても、登録情報が正しく更新されなければ、本来の役割を十分に果たせません。
販売する側にも「命を託す責任」がある
犬を迎える人だけでなく、販売する側にも大きな責任があります。
犬を販売するということは、商品を購入者へ渡して取引を終えることではありません。
ひとつの命を、これから何年も暮らす家庭へ託すことです。
だからこそ、本来は、「売れるかどうか」だけではなく、「この犬が、この家庭で安心して暮らせるか」を考えなければなりません。
犬種によって、必要な運動量やお手入れの頻度、成犬時の大きさ、性格の傾向は異なります。
小さくてかわいい子犬も、成長すれば身体が大きくなり、力も強くなります。
年齢を重ねれば、病気になることも、介護が必要になることもあります。
販売する側には、その犬の良いところだけではなく、大変な部分や将来起こり得ることまで、誠実に伝える責任があります。
そして、迎える人の生活と犬の特性が合わないと判断したときには、契約を急がないこと。
必要であれば、販売を断ること。
そうした判断ができるかどうかに、その社会が命をどのように扱っているのかが表れるように思います。
私たちが犬を迎える前に考えたいこと

犬を迎える私たち自身にもできることがあります。
まずは、「犬がいる生活」だけではなく、「その犬を一生守る生活」を想像することです。
- 犬種の性格や必要な運動量を調べる
- 成犬になったときの大きさを確認する
- 家族全員で話し合う
- 住居の飼育条件を確認する
- 毎日の留守番時間を考える
- 食費、医療費、介護費まで計算する
- 災害や入院時に預けられる人を考える
- 販売元や繁殖環境を確認する
- 保護犬を迎える選択肢も調べる
そして何より大切なのは、「今ほしいか」ではなく、「この先もずっと守れるか」で考えることです。
犬との暮らしは、私たちにたくさんの喜びを与えてくれます。
帰宅を待っていてくれること。
一緒に歩くこと。
そばで眠ってくれること。
言葉を使わなくても、心が通じたように感じられること。
けれど、その幸せは、犬の安心と健康が守られていてこそ成り立つものです。
人が犬から幸せをもらうだけでなく、その犬にとっても、迎えられた家庭が安心できる場所でなければなりません。
犬を守るために、迎える前の仕組みを考える
犬を取り巻く問題は、飼い主一人の意識だけで解決できるものではありません。
どのように生まれ、どのように育てられ、どのような人のもとへ渡るのか。
その一連の流れすべてが、犬のその後の暮らしにつながっています。
だからこそ、犬を守るためには、迎えたあとの飼い方だけでなく、迎えるまでの過程にも目を向ける必要があります。
海外の制度には、日本とは異なる事情や課題があります。
それでも、犬や猫を簡単に流通させるのではなく、出自や飼育環境を確認し、迎える人にも考える時間を求める姿勢は、これからの日本でも参考になるはずです。
大切なのは、犬を飼いたいという気持ちが、その犬にとっても幸せな暮らしにつながるようにすることです。
犬と暮らすことが、人にとっての喜びだけで終わらず、犬にとっても安心できる選択になること。
そのために、私たちは「どう飼うか」だけではなく、「どう出会い、どう託すか」まで考えていく必要があるのではないでしょうか。
▼ この記事を書いた人 ▼

ハミルトン葉奈(株式会社Enuncia 代表取締役)
無添加ドッグフードブランド Ishca オーナー。
愛犬の健康を第一に考え、安心・安全なフード作りに取り組んでいます。幼少期から犬と共に暮らし、ペット栄養学やフードの開発・品質管理について学んできました。「食は命」という理念のもと、Ishcaを通じて多くの飼い主の方に正しい情報を届け、愛犬との豊かな暮らしをサポートしてまいります。

